ご挨拶
校長挨拶
桜蔭学園創立100周年を迎えて
理事長・校長 齊藤由紀子
桜蔭学園は創立100周年を迎えました。大正13年(1924年)4月20日、関東大震災から8ヶ月を経ずに、仮校舎が建てられ、始業式が行われました。
本校を設立した東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)の同窓会である桜蔭会の会員の方々は、いまだ充分とはいえない女子教育に貢献するために、女学校を設立したいと長く希望していました。震災後はいち早く救護事業に邁進され、早くも10月下旬には会員有志のボランティアによる実務女学校を開きました。ここで裁縫・編物を教えた経験を活かし、念願の女学校設立準備が驚異的な速さで進められたのです。『櫻蔭会史』によれば、4年制の女学校から始めて「五ヶ年程度の高等女学校とし、追って高等科設置の七ヶ年制とすべき」と考えていたことがわかります。男子では私立にも認められるようになった旧制高等学校を念頭に置いていたのです。開校の年、大正13年9月の職員会記録には「七年制女学校となす場合に要する敷地校舎の概算費用」について話し合った記録が残っています。この計画は実現しませんでしたが、女子が本格的に学べる学校を作ろうという桜蔭会会員の熱意は今に受け継がれております。
開校直前の記録を見ますと、木造仮校舎の建築が進むなか、3月末から4月初めまでお茶の水にあった女高師附属高等女学校の校舎を借りて4回の入学試験を行っております。選ばれた生徒は100名余、AB2クラスでのスタートでした。全国会員の選挙によって初代校長に選ばれた後閑キクノ先生は、誰もが認める女子教育の第一人者であり、創立後は自ら修身(道徳)とお作法(礼法)を指導なさいました。後閑先生が当時最先端の女子教育の場に身を置いていたと申し上げると、意外に思われる方もあるでしょう。船曳由美さんの小説『100年前の女の子』には、森本厚吉先生が創立し、新渡戸稲造先生が校長を務める女子経済専門学校で、河井道先生(恵泉女学園創立)、市川房枝先生とともに特別講義を担当する昭和3年頃の後閑先生の姿が描かれています。この学校は現新渡戸文化学園で、順天堂大学11号館の場所にありました。当時先生は還暦を過ぎ、桜蔭では現在の本館の建築に向けて激務の日々であったはずです。晁桜会が編集なさった『先輩に聞く』の高女1回生の方のお話では、本館建築まで調理室がなかったため、調理の授業は女子経済専門学校まで習いに通ったそうです。小説によれば、授業を担当した森本静子先生は「合理的な家事によって作られたゆとりの時間で学び、社会の為に何ができるかを考えなさい」と生徒達を諭したそうです。後閑先生もこうした女子教育の高い理想に共感して、桜蔭生の指導を依頼なさったのでしょう。昭和6年6月、後閑先生が本館完成を見届けてご逝去なさった際に、全校生徒が丁寧に筆で認めた追悼文はクラス毎に綴じられて残っております。どの文章にも慈愛に満ちた後閑先生をお慕いする生徒の思いが溢れております。
その後の学園は、第2次世界大戦、敗戦へと向かう歴史の大きな流れのなかで試練の時代を迎えます。勤労動員、学校工場、繰り上げ卒業。学校で生徒が学ぶことが許されない時代でした。昭和20年4月13日の空襲では校舎の4分の3を焼失し、戦後ようやく疎開先からもどっても復学がかなわない方々もありました。さぞ無念なことだったでしょう。断らざるを得なかった宮川校長の苦しみも察するに余りあります。戦後の混乱のなかで学校の施設を整え、その後も時代にふさわしい学習環境を充実させるために心血を注いでこられた教職員、保護者、学校関係者の方々に敬意を捧げ、心より感謝申し上げます。令和5年秋、創立100周年記念事業として多くの方のご支援のもと、東館も生まれ変わりました。西館と繋がる渡り廊下も完成し、生徒達の学習環境がより安全で充実したものとなりました。
2019年末からのコロナ禍は学校教育にも大きな蔭を落とし、一斉休校、時差・分散登校など、これまでに経験したことのない状況となりました。授業はもちろん、クラブ活動や学校行事も大幅に制限をうけました。それまであたりまえであった生徒の笑顔やおしゃべりが、いかにかけがえのないものであったかを痛感いたしました。生徒達にとっては唯一無二の毎日です。その心中を思いますと言葉もございませんでした。一方ではICT機器の活用が必須の状況となり、学習・学校生活に取り入れることを促す力となりました。そして、生徒達が「世界中の専門家が考えても解決しないことがある」、「答えはすぐには与えられない」ということを体感として学ぶ機会ともなりました。聡明な生徒たちは、その時にできる最大のことを目指し、互いに協力して不自由を乗り越えてゆきました。パンデミックを経験したことが、生徒達の視野を広げ、可能性を引き出す大きなチャンスとなったと確信しております。
これまでの歩みのなかで学んだことを力として、次の100年に向けて、教職員一同、創立以来の情熱と行動力を胸に、懸命に努めてまいります。今後ともご支援を賜りたくお願い申し上げます。